熊本県人吉支部 総師範 村上華珠佐さん
今回の「私、頑張ってます!」は、村上由道彰さんからバトンタッチされた人吉支部総師範の村上華珠佐さんです。

新年最初の登場は人吉支部 総師範の村上華珠佐さんです。
月に一回開催している心音塾には毎回参加され、腕を磨いておられます。
初めて三味線を手にしたのは大学の邦楽サークルでした。
当時はまだ「吉田兄弟」さんもデビューされる前で身近に三味線を感じることはありませんでした。
サークルでの活動は「六段の調」や「元禄花見踊」などの地唄や長唄でゆったりとした曲調のものでした。
大学卒業後は一時三味線から離れますが、今の職場に入ってしばらくした頃に紹介されて伺ったのが、令和7年春の人吉公演終演と同時に人生の幕を下ろされた由里華先生のご自宅でした。
先生はとても活動的で、「(ご自分が)元気な内に全て教えます」といきなり「秋田おばこ」からのスタートでした。
仕事が終わってからの夜の稽古でしたので、当時独身の私にいつも手作りの夕飯をご馳走して下さいました。
また、名取名「村上華珠佐」をいただいて宮崎本部に伺うようになると、稽古後には当時の2代目家元と宮崎の夜の街を徘徊、時には熊本市内、福岡中洲まで遠征したこともありました。
カラオケで一緒に歌った「三味線姉妹」は今となっては楽しい思い出です。
やがて人吉支部は華陽さんにバトンタッチされ、華陽、由華莉、華珠佐で「三味線処 華や」と言うユニットで活動を始めました。
私は実質30歳からの遅咲きですので他のお二人には及びませんが、支えていただきながら楽しく活動しております。今思えば、由里華先生、2代目家元に出会えたのは幸運でした。
そこから人吉支部はもちろん、各支部の皆さんへとご縁が繋がり、お陰様で人吉公演も盛会に終えることが出来ました。改めまして感謝申し上げます。
私自身三味線の腕はまだまだですが、これまでいただいた様々なご縁とご恩に報いるべく、3代目家元率いる村上三絃道を非力ながらも支えつつ、精進して参りたいと思います。
今後とも宜しくお願い申し上げます。
(写真左から由里華先生、宗家、華陽さん、華珠佐さん)
次回は華珠佐さんからのバトンタッチで、熊本県球磨支部 総師範の由貴仁さんをご紹介します。
