トップページ >> 村上三絃道の歴史
<二代目家元挨拶>

1972年、厳しい風雪に練り上げられた津軽三味線の調べを、西日本の大地に根付かせるべく、津軽出身の初代家元・村上由哲(よしのり)は、宮崎市に「村上三絃道」を設立し、演奏普及活動に邁進します。 ※二代目襲名に当たり、女性でありながら先代名を受け継ぐ。    
1989年初代急逝後、その夢は二代目に引き継がれ、若き家元と社中の結束によって、三絃の輪は大きく広がり、大地に次々と花を咲かせています。

「村上三絃道」では現在、津軽三味線を始めとして、太鼓、笛、鳴り物などの演奏と、歌唱の指導にあたるかたわら、国内はもとより、アメリカ、カナダ、スペイン、ブラジル、アルゼンチン、中国、トリニダードドバゴなどの、海外公演も行い、反響と感動を呼んでいます。
また時代に合った音楽をということで、アジア各地で伝承される弦楽器やクラシック音楽など、様々なジャンルとのジョイントコンサートの実施や、小・中・高生を対象にした鑑賞教室の開催など、幅広い活動を展開しています。

伝統音楽を通じて暮らしと人生に夢をそして心豊かな人作りを、これが私たち「村上三絃道」の願いです。

二代目  村上 由哲

<津軽三味線:村上三絃道 故初代村上由哲>

初代家元は平成2年2月16日、48歳で永眠いたしました。志半ばの急逝でしたが、亡くなる半年前に最後の力を振り絞り、芸道35周年を記念するリサイタルを開催致しました。その時の挨拶をご紹介させていただきます。

村上由哲 芸能生活35周年公演映像(平成元年)
  ※再生に時間がかかります。(約3分映像)

 私は、青森県南津軽郡に生まれ、雪深い津軽の里で幼い頃から荘厳なまでの銀世界を眺めながら、津軽三味線の音色につつまれて育ちました。
15才の時、矢も盾もたまらず津軽家すわ子先生の門をたたき師事することになりました。「この道しか私の人生はない」との信念で只ひたすら修行の道を歩いてまいりました。
 東京に出てからも、三味線の他に洋楽や作曲等、日々研鑽を続けました。
そして、縁あって第二の故郷とも言うべき、ご当地宮崎に永住することになったのです。
津軽とは対象的に、温暖な気候、長閑な風景、温かい人柄。私はすっかり宮崎がすきになり「九州にも津軽三味線があった」といわれるように頑張ろうと決意をしたのでございます。お蔭様で「 村上三絃道」を設立、家元として多くの門下を率いることになりました。
現在、九州各県はもとより四国、中国地方にも教室を開設し、多数の仲間と共に研鑽に励んでいる昨今でございます。また、念願でありました全国各地での公演も実現し、ここ数年は海外公演もできるように発展することができました。
 私の今日がありますのは、もちろん私一人の力ではございません。
津軽三味線の師匠,津軽家すわ子先生を始め,私を育てて下さった諸先輩方、民謡界の皆様、様々な出会いで意気投合した仲間達、そして私の大事な門下の皆さんとそのご家族。実に多くの方々のご理解、ご協力の賜物と心から感謝申しあげております。
 私は日本伝統の「芸道」を通じて社会に貢献してゆきたいとの「夢」を持っており、今後は一つひとつ実現してまいりたいと思っております。
 本日を契機として「村上三絃道」は全員一丸となって、更に精進してまいります。
何卒、ご指導ご鞭撻の程をよろしくお願い申しあげます。
 最後になりましたが、今回の公演に際し、三隅治雄先生に構成・演出をお願いするこができましたことは望外の喜びであり、私の人生の総仕上げのつもりで舞台をつとめさせていただきます。また、ご後援にご協力いただきました皆様に深く感謝申しあげます。
 ごゆっくりとご観覧下さいますようお願いを申しあげて、ご挨拶とさせていただきます。
大変ありがとうございました。

平成元年9月24日


<唄:浜田喜一(二代目)>

北海道桧山郡江差町出身
初代浜田喜一の弟。江差追分の名人として脚光を浴びる。
江差正調追分浜田流二代目家元。
東芝EMI専属歌手として、全国の民謡を発掘、レコード化を積極的に取り組む。
<主な曲目>
代表曲・江差追分他
全国の民謡を幅広くレコーディングしている。
また、地域の埋もれた民謡を発掘。
特に、串木野さのさ(鹿児島)、球磨の六調子(熊本)、泰平踊り(宮崎県・日南)、飫肥ろまん(宮崎県・日南市)、日向木剣踊り(宮崎県)など多数の民謡を手掛け、普及した功績は大きい。
音域の広い、味のある歌声は、100年に一度の逸材と高く評価されていた。平成2年10月18日没


<太鼓:山田鶴助>

昭和40年
 ○民謡太鼓山田流家元山田三鶴師より名を許される。
 ○テレビ「キンカン素人民謡名人戦」「日本民謡大賞」
  「日本民踊民舞大賞」などにレギュラー出演。
 ○「鶴助会」を主宰。年一回定例の会を開催。
昭和49年及び昭和52年
 「世界民族芸能祭」参加。
 フランス、イギリス、イタリア、スペイン歴訪。
昭和59年「台南市(台湾)文化センターこけら落し演奏会」に出演。





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時を用ゆるを以って花と知るべし
宮崎ケーブルテレビ
 常任監査役 木村繁弘
 企業経営で成功するカギとしていつも強調していることであるが、伝統音楽も世阿弥の「風姿花伝書」に書かれているような花を持つことではないだろうか。
それには“花と、面白きと、めずらしきと、これ三つは同じ心なり”“時に用ゆるを以て花と知るべし”と書いてある。

つまり、新しきこと、珍しきこと、楽しきこと、これをいかに演出するかが伝統音楽が後世に継承される大きなカギではないかと。
二代目家元は津軽三味線を通じて郷土の民謡、伝統音楽の普及に多大の成果を収め、またそのことを数多くの人が認めている。
それは、移り変わりの激しい世の中にあって、家元が絶えず情報の感度を上げて“聴象者が今何を求めているか”を掴み、その時々に合った花を提供しているからだろう。
今や村上三絃道はその矜持を満天下に示しているところである。       
そもそも、私が津軽三味線という存在を意識したのはたしか昭和46年初頭、NHKテレビで映し出された“高橋竹山の人生”であった。
当時は転勤先の大阪で闘病生活を余儀なくされ、いささか失意の時を過ごしていた頃だったので、そのことをよく憶えている。
竹山が奏でる三味線は強烈で、バイタリックで、リズミカルであった。弾いていると思うと叩きつけ、音色は太かった。それでいて一貫して漂っている悲しみの籠った哀愁は、竹山という人が貧困と盲人の世界を生き抜いてきた人生そのものが滲み出ていた。
以来、津軽三味線の演奏はとくに興味をもって見聞きしてきた。
しかし、生来足の重きがゆえに私がライブの世界に引きずり込まれたのはごく最近で、それは平成17年度宮崎県民芸術祭参加作品村上三絃道特別公演「太陽じょんがらコンサート」だった。

実は家元との出会いは、その約3年前私が顧問をしている「ライブネット会」での会合であったが、当時から家元の感度は鋭く、勉強熱心なのには本当のところ感心していた。
それら普段の努力の集大成かどうか、太陽じょんがらはあの津軽の匂いがする三味線とラテンの独特なリズムを融合させたもので、その冴えた撥さばきは熱気溢れるものであった。
それこそ“新しきこと”“楽しきこと”“珍しきこと”が演出されたものであった。

先日、我が社の宮崎ケーブルテレビ10周年記念パーティでも、スタンリー・ギルバートのジャズ演奏のあと披露してもらったが、全く違和感なく、出席者から“太陽じょんがらはモダンジャズとフィーリングが同じ”“ロックの世代だがどれも全く抵抗ない”との評を受けたのは言うまでもない。

それは、まさしく初代家元から受け継いだ「伝統音楽を通じて暮らしと人生に夢を」との現家元の熱い思いが現代人のもつ荒廃感や孤独感に訴えているからに他ない。
ともすれば、現家元の新しい表現に向けての試行錯誤の努力は今後も多くの人々の共感を得ることは間違いない。
なお一層の活躍を期待したい。


ライブネット代表世話人
弁護士 近藤 日出夫
昨年12月3日の宮崎県芸術劇場「太陽じょんがらコンサート」をサポートしながら拝見し感激の涙が出てきたことは忘れられません。今後も、芸を通じてのチャリティー事業、学校コンサート活動で「こころの教育」「にじむ努力の教育」を教え広めてください。
みやざき中央新聞
代表 松田 くるみ
以前家元に「みやざき中央新聞」の連載をお願いしました。そして活動の幅広さを知りました。また同じ世代で一門を率いていく姿に、刺激を受けました。華やかな世界と、津々浦々の学校をまわる地道なスクールコンサート、バランスがとれた家元の活動をこれからも応援いたします。
ブルーツリー
マスター 上妻 隆一郎
まず、村上三絃道家元に出会えた事に感謝します。近年、家元に出会いゆっくり聞く機会を得てから独演・和の共演の素晴らしさに目覚めました。多くの人に聞いてもらいたくお店でもCDをかけています。これからも家元は一門の方々と共に努力されると思います。私達も応援します。頑張って下さい。
たつみ流着付け教室
代表 外山 たつみ
「光彩」創刊第11号発行心よりお喜び申し上げます。日本の美しい伝統文化の伝道師として、また宮崎発の津軽三味線村上三絃道として、文化の面から今後ますます宮崎を元気にしていただける事を心から祈念しております。
元高岡町国際交流員
株式会社スカイナビ
代表取締役
金 永出(キム ヨンチュル)
村上三絃道と出会って10年。これまで日本の伝統音楽にまったく興味のなかった私が、興味を持ったきっかけは、村上三絃道のお陰である。大地と空の魂を呼び起こすような、三味線・太鼓・笛・歌声のハーモニーは、平和を具現化したメッセージであると私は感じている。人間の感情を具現化している韓国の歌「アリラン」に村上三絃道の原点を見たように私は感じた。これからも平和への音のリーダーとして頑張ってください。
宮崎実業クラブ会長
江坂設備工業株式会社
代表取締役会長 鳥山 浩
村上由哲さんは、仕事で忙しいのにいろんなものに興味を持たれ勉強熱心な方です。また、当クラブの行事にも、積極的に取り組み温かい気持ちで協力して戴き、素晴らしい会員であります。今後、健康に注意され、宮崎県を代表するエンターテイメントとして、全国へ、更に、世界へと飛躍して頂きたいと思います。
NPO法人
みやざき子ども文化センター
代表理事 片野坂 千鶴子
     外山 與子
「子ども」を通して知ることができた村上三絃道さんの演奏やお話しは、津軽のきびしい季節を生き抜いてきた力強さと、心にしみわたっていく優しさを感じます。三絃にのせたこのメッセージが、もっともっと多くの子どもたちに伝わることをいつも願っています。



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