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酒谷の田の草取り唄 / 宮崎県日南市

宮崎県内の農家では田植えをすませると、近くの温泉や湯治場などに出掛け、「草苗上り・さのぼり」の骨休めをします。
そしてそれが終わるとどの家でも「盆まつり」を行います。
家族みんなで「ご先祖さま」をお迎えし供養する、古くからの仕来りです。
そうした季節の行事の中で農家にとって、いちばん辛くて厳しいのが、真夏の「田の草取り」です。
これは水田(みずた)に浸かりながら、はびこった雑草を手で取り除く、一日がかりの大変な仕事です。

宮崎県の南部に位置する日南市の酒谷地方で歌われる「田の草取り唄」は、その時に歌われる仕事唄です。
目がくらむような真夏の日ざしを浴びながらの作業ですから、喉が渇くと田んぼの水を手で掬って飲んだようです。
「涼し風吹け空くもれ」という歌の文句は、その様子をうまく表しています。

また吹く風がぱたりと吹き止むと、農家の人たちは「ホーイホイ」と囃しながら、風の神様を呼び寄せたようです。
酒谷の「田の草取り唄」は、郷土色の豊かなふるさとの民謡と言って良いでしょう。

酒谷の坂元棚田と農山村の文化的景観

坂元棚田の全景

坂元棚田は、昭和3年から8年にかけて行われた耕地整理により、山間部斜面地の茅場に造成された棚田です。
周辺の山林と集落を含むこの棚田の景観は、平成25年10月17日に「酒谷の坂元棚田及び農山村景観」として、国の重要文化的景観に選定されました。


矩形化された圃場と馬道

棚田は牛馬耕の導入を前提に造られており、耕運率を高めるため、当時では珍しい5アールの面積を持つ長方形区画の農地が整備されています。さらに、牛馬が通行できる農道の配置や田越し灌漑の廃止、用排水状況の改善など、当時の西洋近代技術による耕地整理の考え方が色濃く反映されています。

また、周辺の山林では、藩政期より民間の資力・労力を使用した「分一山」という飫肥藩独特の杉植栽育樹法が展開されてきました。
これは藩民が植栽をして樹木が成木したら、上木を藩に献納し、中下木は二分の一又は三分の一が植栽者に与えられる制度です。
この施業体系は、明治期以降も「部分林制度」として現在に引き継がれています。

「酒谷田の草取り唄」


歌:二代目 村上由哲

ハァー 腰の痛さよ せまちの長さ
四月、五月のコラヨー 日の長さ(ホイホーイ)

ハァー 様よ三度笠 押しゃげてたもれ
少しお顔がコラヨー 見とござる(ホイホーイ)

ハァー 恋し小川の 鵜の鳥みやれ
小鮒くわえてコラヨー 瀬を上る(ホイホーイ)

写真・坂元棚田説明文章提供:「みやざき福利健康だより」
協力:日南市
撮影:那須安広